武蔵野紀行46

寛永寺の初代住職は徳川家康の右腕と云われた天海で織田信長に焼き討ちにされた比叡山延暦寺の僧侶を務めていた
なので西の比叡山延暦寺を見たて山号は東叡山寛永寺の山号を持っている




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灯籠に装飾された睨みを効かせた龍と角にに展示してあった鬼瓦

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寛永寺は江戸・東京の鬼門だと言われて
彰義隊によって破壊されてはいるものの明治に入り再建された
第二次世界大戦の戦災を免れたのも
邪気を払うと言われる龍や鬼瓦の加護かも知れないと思った


続く


by yaguchitenga | 2017-10-14 05:00 | 写真 | Comments(4)
Commented by j-garden-hirasato at 2017-10-14 06:38
中心であった江戸城も無血開城されましたしね。
鬼門の役目、果たせましたね。
Commented by yaguchitenga at 2017-10-14 09:04
j-garden-hirasatoさん
ラストはスピリチュアルな文章になりましたが
確かに無血開城ですよね
これがもし鬼門の役目が果たせなかった場合は
どうなっていたんでしょうか
江戸市中が大火事に見舞われ大きな犠牲者が出たんでしょうね
Commented by sternenlied2 at 2017-10-14 15:01
へえ、比叡山延暦寺と繋がっていたのですね。
龍や鬼瓦が猛々しいですね。
戦災の邪気を払うだけの力がこもっていそうです。
Commented by yaguchitenga at 2017-10-15 08:02
sternenlied2さん
僕も検索して初めて知りました
龍はともかく鬼が邪気を払うとは
昔話ではヒール的な扱いだったんですけどね
この顔は迫力があって霊力が凄く
東京のみならず敗戦後の日本の復興お手伝ってくれたのでしょう
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